地球最後の夏

 

くしゃみが止まらなくなって、風邪を疑いつつティッシュペーパーに手を伸ばすと空き箱だった。なぜかその時急に煙草が吸いたくなって、どうせならどちらも済ませてしまおうと思い、煙草を手にとってスーパーを目指し外に出ることにした。時刻は深夜2時を回ったところだった。

 


買ったころの輝きを半ば失いかけ、すっかり薄暗い玄関に馴染んでしまったサンダルを履いて外に出ると、かなり肌寒かった。真夏のピークが去ったな、なんて考えながら少し歩いて、胸元の高い位置にある斜めがけのウエストポーチから煙草を取り出し火をつける。久しぶりに吸ってみたそれは笑えるくらい湿気っていて、煙を吸っているんだか湯気を吸っているんだかわからなくなりそうだった。

 


夏が終わってしまうことにさして大きな感慨があるわけでもないが、肌寒さと深夜の静けさになんとなくさみしくなって、「これはもしかすると地球最後の夏なのかもしれないな。なるほどみんなは家族のところに帰って、最後の夏を惜しんでいるわけか。地球が始まって46億年、その最後の夏を自分が生きている間に迎えられたことを、むしろ祝いたいくらいだね。あ、でもそしたらスーパー開いてないかもしれないのか。どうしよう」などと頭に浮かべていると、ちょうどそのくだらない想像の切れ目のような、まっすぐに伸びた大通りにさしかかった。

 

 

まあでも、地球最後の夏を祝うというのはいいアイデアかもしれないな____

 


いつもは深夜でもそれなりに活気のある道だが、見回すと信じられないくらいに静かだった。なんだ。まるで本当に地球最後の夏が来たみたいじゃないか。呆気にとられていると青信号を一回見送ってしまった。悪くない。これは思いがけずいい散歩になったぞ。なんの意味もない信号待ちを終えて、横断歩道に踏み出す。きょうはふらふら歩いて歩道を塞ぐ酔っ払いも、そうしなければ死んでしまうかのように爆音で車を走らせるヤンキーもいない。地方都市のはずれには不似合いなほど広いこの道で、僕はどうしようもないくらいに自由だった。指の間の煙草に灯る小さな火を愛しく思った。着実に煙草を蝕みつつあるそれは、地球最後の夏を祝うにはあまりに頼りない、消えかけのロウソクの火のようだった。