陸に帰る

短歌研究新人賞に落ちた連作です

  

   陸に帰る       佐藤廉

アスファルト踏めば沈んでいきそうでこの夏は終わらない気がする

深海はとても遠いさ、行ったことないのになぜか匂いがわかる

パラレルもパラソルもだいたい一緒 どこにいたって逃げたくなるよ

自動販売機が照らす空間にさみしい夜風吹きにけるかも

「そんなんじゃ全然だめだ。もうすこし雑に弾かなきゃギターじゃねえよ」

許された罪がたくさん。パトカーにまぶしいほどの月光が降り

「星をとってこれたらいいよ」と笑いながら猿の人形抱えて君は

りんご飴ひと口ごとにわけあって、過去って鳥の鳴き声みたい

夏風邪の微熱を頬に保ちつつガス爆発の工場跡地

窓際の席に座ったことがない 雨が降っても動揺しない

ハンバーガーショップの店員暴れだす停電の夜 家においでよ

陽だまりを見つめていたらなんとなく時が止まってすぐ飛び出した!

あれが水平線である証拠などなくてさかなの真水中毒

文庫本やわらかく手におさまって乗換駅で一時間待つ

陸に帰る ケーキを切り分けたあとのナイフにのこる甘い岸壁

僕たちはか弱くてただクーラーのきかない部屋で自慰したりする

空中に水があったら泳げるね。そんな荷物でどこまで行くの?

僕のため用意されたる朝食にあこがれて真夏の汽水域

未来都市生まれの人は感動をしない 夕方五時のサイレン

消防車つぎつぎ僕を追い越して知らない家の火事なら綺麗

自転車を盗まれた日の真夜中に金魚を逃がす、市民プールに

詩にすればなぜか愛しい日々だった 窓をはさんで夕焼けを見る

ローマの休日的休日の昼下がりベランダのサボテンがまぶしい

レイトショーから帰るときエラ呼吸のほうがいいなと突然思う

大陸には人がたくさん住んでいる冷凍庫から取り出すアイス

処方箋持ってそのまま逃げだせばぼんやり僕を呼ぶ蜃気楼

ぬばたまのアイスコーヒー薄まって これはたしかに海辺の感じ

宇宙から魚群が降る日 大量の傘が捨てられている駅前

スコールと呼べばたのしい通り雨浴びて心にトビウオを飼う

手花火を対岸に向け眠そうに「時代はすぐに変わるらしいよ